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東京高等裁判所 昭和34年(ネ)3098号 判決 1963年4月16日

第三〇九九号事件控訴人・第三〇九八号事件被控訴人(第一審原告) 佐々木正紀 第三〇九九号事件被控訴人(第一審被告) 株式会社三井銀行

第三〇九八号事件控訴人(第一審被告) 株式会社第四銀行

主文

本件各控訴を棄却する。

第三〇九八号事件の控訴費用は同事件の控訴人(第一審被告)株式会社第四銀行の負担とし、

第三〇九九号事件の控訴費用は同事件の控訴人(第一審原告)の負担とする。

事実

第三〇九九号事件について、控訴人(以下第一審原告と略称する)代理人は、「原判決中第一審原告敗訴の部分を取り消す。被控訴人(第一審被告株式会社三井銀行、以下三井銀行と略称する)は、第一審原告に対し金五十万円およびこれに対する昭和三十三年六月四日以降完済にいたるまで年六分の割合による金員を支払え。訴訟費用は第一、二審とも三井銀行の負担とする。」との判決ならびに仮執行の宣言を求め、三井銀行代理人は控訴棄却の判決を求めた。

第三〇九八号事件について、控訴人(第一審被告株式会社第四銀行、以下第四銀行と略称する)代理人は、「原判決中第四銀行に関する部分を取り消す。第四銀行に対する被控訴人(第一審原告)の請求を棄却する。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴代理人は控訴棄却の判決を求めた。

当事者双方の事実上の陳述、証拠の提出、授用、認否は左記を附加するほか原判決事実摘示と同一であるからそれをここに引用する。

第一審被告三井銀行の主張

(一)  本件定期預金証書(乙第一号証)の裏面第四項には「この証書やこの預金に関するお届書類に御使用の印影をかねてお届出の印鑑に照し合せて取扱いました上は、印章の盗用その他どんな事故がありましても当行はその責を負いません。」という免責条項が記載されているが、第一審原告と三井銀行との間における定期預金契約もこの免責条項を排除する特段の意思なくして締結されたものである。三井銀行は従来主張してきたような事情の下に第一審原告の妻と称する波戸美代子こと板橋美代の求めにより第一審原告名義の定期預金の解約ならびに払戻をしたのであるが、右解約ならびに払戻については右板橋美代は第一審原告が三井銀行に届出てある印鑑を使用してその手続をしているから右免責約款によつても三井銀行に責任のないのは明らかである。

(二)  第一審原告は「定期預金契約は預金者においても高利率の利益と確実な保管の利益を有するものであるから預り主たる銀行において一方的に期限の利益を放棄することはできない。」と主張するけれども、たとえ定期預金の期限の利益が当事者双方のために定められた場合でも、当事者の一方は相手方の喪失する利益を填補すれば期限の利益を一方的に放棄することができるのは当然である。加之本件定期預金の解約は第一審原告の三井銀行に対する届出印鑑を用いてなされたものであるから三井銀行はなんらの責も負うべきものではない。

(三)  本件定期預金証書(乙第一号証)の裏面末尾の受領欄には「表記の金額並びに利息を正に受取りました。」という記載につづき、受領の年月日と第一審原告の住所、氏名が記載され、その名下に第一審原告の届出印鑑と同一の印影が押捺されているが、この受領欄の記載は受取証書に他ならないから、板橋美代に対する弁済は受取証書の持参人に対する弁済であり、従つて三井銀行のなした払戻は民法第四百八十条によつて有効な弁済である。

(四)  仮りにそうでないとしても、銀行業界においては、銀行に届出のあつた印鑑と同一の印鑑を使用し預金の証書または通帳を銀行に提出した者に対して支払をしたときは、これを有効とする商慣習が存在することは、はやくから判例として認められているところである。本件の場合に、定期預金証書受領欄に押捺された印影が第一審原告の三井銀行に対する届出印鑑と同一であり、かつ右受領欄の署名が届出のそれに酷似しているのであるから、その所持者に対してなした三井銀行の支払は前記の商慣習によつても当然に有効である。

(五)  仮りに三井銀行の各抗弁がいずれも理由がないとすれば、三井銀行は左のとおり予備的に相殺の抗弁を提出する。即ち、定期預金証書は貴重な書類であるから、相当の注意を以て保管すべきものであるにかかわらず第一審原告は本件定期預金証書を自ら保管せずに妻の要子に保管させていたが、同女は他人の金員を費いこみした前歴のある実姉板橋美代を同居させていたのであるから、証書類の保管については深甚な注意を払う必要があるのにこれを怠り、預金証書を箪笥の抽斗に、印鑑を他の小抽斗に入れたのみで施錠もせずに外出していた。

しかるに第一審原告は右預金証書の保管状況について全然顧慮も監督もしていなかつた。もし第一審原告とその妻とが右預金証書および印鑑の保管方法について相当な注意を用いたとすれば、本件のような事故は未然に防止することができたことが明白であるにもかかわらず、第一審原告はその注意を怠つたのであるから、畢竟第一審原告は過失に因り本件預金払戻の受領証偽造を容易ならしめたものである。よつて第一審原告は、三井銀行に対し不法行為に因る損害賠償義務を負うべきであるが、その損害の額は、本件請求額と同一であるから、三井銀行は本訴において右損害賠償請求権を以て本件債務と対当額(全額一致する)において相殺する。

右いずれの理由よりしても第一審原告の本訴請求は理由がない。なお本件預金払戻の過程において三井銀行に過失があつたという第一審原告の主張を否認する。

第一審被告第四銀行の主張

(一)  仮りに第四銀行の従来の主張が理由がないとしても、第一審原告は昭和三十四年十一月中板橋美代に対し、同人の第四銀行に対する行為を宥恕し、かつ追認する旨の意思表示をしたから同人の行為は有効となり、従つて第一原告の請求は理由がない。即ち

(1)  板橋美代は第一審原告の妻の実姉であつて、第一審原告の妻とは他の兄妹の誰よりも親密であり、本件預金担保の貸借の行われた当時第一審原告宅に同居していた。

(2)  板橋美代は三井銀行または第四銀行から払戻または貸出を受けた金百十万円の金員中金九十七万円を訴外小林賢造に貸与したが、その後右貸借に関する書類を第一審原告に交付して諒解を求め第一審原告もこれを了承した。

(3)  右小林は板橋から借受けた金員を以て桑原進に対する債務を弁済し、その所有家屋に設定してあつた抵当権の抹消を受けたが、第一審原告は右小林賢造所有の建物について仮登記権利者渡辺卯三郎に対しその建物を引取ることを交渉している事実がある。

(4)  第一審原告は板橋美代を告訴する意思を有せず、またこの問題を表沙汰にする意思さえももつていない。

以上の事実からも推認されるとおり、第一審原告は板橋美代の行為を追認したものである。

(二)  仮りに板橋美代の本件預金担保による借入行為の効力が第一審原告に及ばず、第四銀行は第一原告に対し本件定期預金支払の義務を免れることができないとすれば、右については第一審原告に過失があるからこれを斟酌すべきことを主張する。即ち、板橋美代は第一審原告の妻の実姉であり、第一審原告方に同居していたものであるが、第一審原告は本件定期預金証書を錠のかからぬ場所に保管し、何人でも簡単に取り出すことができるような状態にしておいたため、板橋美代がこれを持ち出し、これを担保として第四銀行から金員を借受けるに至つたものである。第四銀行が板橋美代に対し貸金名義で出捐したのは第一審原告が本件定期預金証書の保管について過失があつたためであるが、これに因り第四銀行の蒙るべき損害額は金二十万円を以て相当とするから、第一審原告の本件請求金額の中から右金二十万円は過失相殺により控除せらるべきものである。

(三)  仮りにそうでないとしても、第一審原告は本件定期預金に関し、訴外渡辺卯三郎から金十万円を受領しているから少くとも右金員は本訴請求金額中から控除せらるべきものである。即ち

(1)  板橋美代は三井銀行および第四銀行から払戻または貸付を受けた金員中金九十七万円を訴外小林賢造に貸与したが、間もなく小林は出奔したので訴外渡辺卯三郎がその代理人として小林の財産整理に当つていたところ、第一審原告は右渡辺と折衝して同人から板橋美代の小林に対する貸金九十七万円のうち金十万円の弁済を受けた。これは第一審原告が板橋美代の三井銀行および第四銀行に対する行為を追認した後になされたのであるが、仮りに追認がなかつたとしても、右金十万円は板橋美代が前記各銀行から第一審原告名義で受領した金員を借受けた小林の代理人からその弁済として支払われたものであるから、第一審原告の三井、第四両銀行に対する本訴請求がいずれも認容される場合には右金員を各請求金額に按分して控除減額すべきであり、またその一方に対する請求だけが認容される場合にはその請求額からその全額を控除すべき筋合である。

(2)  仮りにそうでないとしても、もし第一審原告の本訴請求が認容される場合には、第一審原告は原因なくして右金十万円を利得したことになるが、右金員は板橋美代が三井銀行および第四銀行から支払を受けた金員によつてなした貸付金の弁済として受領したものであるから、第一審原告は敗訴した銀行の損失において利得したものというべきである。

よつて敗訴した銀行はその範囲において第一審原告に対し不当利得返還請求権を取得することになるから、もし第四銀行に対する第一審原告の請求が認容される場合には第四銀行は右不当利得返還請求権を以て本訴請求権と対当額において相殺する。

第一審原告の主張

1  三井銀行の主張に対し

(一)について

本件定期預金証書(乙第一号証)の裏面に、三井銀行主張にかかる免責条項の記載のあることは認めるが、それは定期預金が満期の際に支払われる場合における約定であつて、期限前の払戻の場合に適用されるべきものではない。定期預金はその期限到来前には支払われないのが常態であり、本件預金証書にも「この預金は期日前にはお引出になることはできません」という記載があり、預金者たる第一審原告は期限前に解約払戻をするなどということは全く予想していなかつたのであるから、三井銀行は、本件の場合に右免責約款を授用して責を免れることは許されない。

(二)について

本件定期預金の払戻は、当事者の合意による解約であつて、三井銀行の主張するような同銀行の単独行為による期限の利益の放棄と認むべきものではない。契約の合意解除と債務者の期限の利益放棄とは法律上の性格を異にするのみならず、両者は経済上の価値も同じではない。即ち第一審原告は本件定期預金契約により期限迄年六分の割合による利息を収得する利益を有していたのに、三井銀行はその期限前の払戻に際つて預金者の申出によつて解約した場合の取扱により解約の日までの低利率の利息を支払つたに過ぎず、第一審原告の喪失すべき利益を填補したとはいえないから、それは合意による解約であるといわざるをえないのであつて、右払戻を、三井銀行の単独行為たる期限の利益の放棄であるという主張は失当である。

(三)について

定期預金証書の受領欄の記載は民法第四百八十条にいわゆる受取証書ということはできない。同条にいう受取証書とはその記載事項や体裁から、一見して債権者が債権取立の際に常用するために作成されたものと認められるものであることを要するのは同条立法の精神からいつても当然であつて、預金証書の受領欄の記載の如きはこれに包含されないことは明白である。また、同条所定の受取証書というのは、それが真正に作成されたものであることを必要とするが、本件定期預金証書(乙第一号証)裏面の受領欄における第一審原告の署名捺印は偽造にかかるものであるから、この点からいつても右記載が民法第四百八十条の受取証書に該当しないことは多言を要しないところである。

(四)について

銀行に届出た印影と、同一の印鑑を所持する者に対する支払は免責されるという商慣習が銀行業界に存することは認めるが、それは銀行の業務に属する定型的大量の支払に関するものであつて、本件のような定期預金の期限前解約という異例なことについてはさような商慣習は存しない。

(五)について

第一審原告もしくはその妻要子には、本件定期預金証書の保管について過失はない。即ち、第一審原告の妻は、預金証書とこれに用いた印鑑とは別個の場所に保管し、預金証書は衣類等の下に置いてあつた。預金証書や印鑑の保管方法について、第一審原告と三井銀行との間には特段の約束はなかつたから、第一審原告としてはそれらについては自己のためにする注意を以て保管すれば足りるのであるが、本件預金証書は第一審原告にとつて重要な財産であるから十分に注意して保管していたのである。かかる場合においては、預金者たる第一審原告において銀行に対し社会通念上著しく信義則に違反する事実があるとか、あるいは特に重大な過失が存しない限り銀行に対して債務不履行ないし不法行為が成立するものではない。なお、板橋美代が以前他人の金員を費いこんだ事実があるということは第一審原告は勿論妻要子もこれを知らず、本件が発生した後にいたりはじめて聞知したのであるから、その以前において第一審原告がとくに同女の行動を監視、警戒しなかつたとしても過失があるということはできない。要するに第一審原告には三井銀行の主張するような過失はなく、従つて同銀行に対し損害賠償義務を負うべきいわれはないから、同銀行の相殺の抗弁は理由がない。

なお、本件定期預金の解約ならびに払戻について、三井銀行に過失があつたことは従来主張するとおりであるが、さらにこの点につき次のとおり補充する。即ち、定期預金はその期限前には解約しないのが本来の建前であるから、その解約手続はとくに慎重になされなければならないのは当然である。銀行は受寄者として善良な管理者たる注意義務を以て預金の保管に当るべき義務があるが、ことに三井銀行は大企業であり、人的にも物的にも十分な施設と能力とを具備しているのであるから他の一般人よりは一層高度の注意義務が必要とされるものである。本件の場合において、三井銀行は訴外板橋美代の申出により、同人を第一審原告の妻であり、しかも同人が正当に第一審原告を代理しうる者であると信じて本件定期預金の解約ならびに払戻をしたというのであるが、三井銀行がそう信ずるについては相当な注意義務を怠つているのであつて、それを列記すれば次のとおりである。

(1)  解約、払戻を求めてきた板橋美代が第一審原告の妻であるかどうかについて調査が不十分であつたこと

三井銀行は第一審原告の妻と自称する板橋美代が最初に払戻請求に来た際には、同人の持参した印鑑が銀行へ届出の印影と相違するという理由でこれを拒絶した。次で同人が第一審原告の印鑑証明書を持参して払戻を求めたがなお届出の印鑑であければ払戻はできないと拒絶した。しかも三井銀行は板橋美代の態度に不審を抱き、わざわざその行員を第一審原告の住居に調査に赴かせている。かような疑わしい場合には爾後の調査は一層慎重になされなければならないのに、第一審原告の住居に調査に赴いた行員は、そこに板橋美代が居合わせて応対したため同人を第一審原告の妻であると信じてしまつたのは軽卒というのほかはない。当時第一審原告の住居には妻の実家である「板橋」の表札だけが掲げてあり、第一審原告の表札は掲げてなかつたのであるから、少し注意すれば第一審原告方には他に同居している者があるということが推測できた筈であり、もし隣家において調査すれば第一審原告の家族構成は容易に判明し、問題の女性が第一審原告の妻でないことは即座に知りえた筈である。

(2)  第一審原告の入院先を追及しなかつたこと

板橋美代が本件定期預金の解約を求めた際、第一審原告は目下病気で入院中であると称していたというのであるが、もし三井銀行においてその入院先を追及すれば、板橋は真相の発覚を惧れてその計画を放棄したに相違ないからである。

(2)  第一審原告の住居の貸主を確かめなかつたこと

板橋美代は、期限前解約の理由として、第一審原告が家主から立退きを求められていると称していたというのであるが、当時第一審原告は妻の実家である板橋政文所有の家屋に居住していたのであるから、もし三井銀行においてその家主が誰であるかを調査すれば板橋美代のいうことが偽りであることは即座に判明した筈である。

(4)  乙第一号証の受領欄の署名とかねて届出の第一審原告の署名(乙第二号証)とが同一人の署名であると軽信したこと

両者を対照すれば一見して別人の筆跡であることが明白であるのにこれを同一人の筆跡であると誤認したのは軽卒である。

(5)  銀行に対する届出印鑑の取扱について慎重を欠いていること

三井銀行は、板橋美代に対し、同人の持参した印鑑が第一審原告の届出印鑑と相違していることを説明するに当り、その届出印鑑の形状等を同人に教示しているが、これは同人の犯行を助長する結果を招来したものである。銀行としては来行者の持参した印鑑が銀行に届出の印鑑と相違していることを告げれば十分であつてそれ以上のことを教えるのは行き過ぎである。

以上を総合すれば、本件定期預金の解約ならびに払戻について、三井銀行に過失が存することは明白である。

2 第四銀行の主張に対し

(一)について

第一審原告が板橋美代の行為を追認した事実はない。同人と第一審原告との身分関係が第四銀行主張のとおりであることならびに本件定期預金担保による貸出の行われた当時、同人が第一審原告方に居住していたことは認めるが、その生活は別々であつたし、その余の事実はこれを争う。

(二)について

第一審原告は、本件発生当時病気療養のため入院中であつたが、本件定期預金証書と、それに用いた印鑑とは別々に保管しており、預金証書は自宅で妻に保管させておいたが、印鑑は病院において自ら所持していたのであつて、その保管方法についてはなんら過失はないから、過失相殺の主張は理由がない。

(三)について

第一審原告が、渡辺卯三郎から金十万円を受領したことは認めるが、これは第一審原告の第四銀行に対する預金払戻請求権とはなんら関係がないものであるから、これを本件請求金額から控除しなければならない理由はない。また第一審原告に不当利得返還義務の発生するいわれはないから相殺の抗弁もまた失当である。

当審における新たな証拠<省略>

理由

当裁判所の判決理由は、左記(一)ないし(五)を附加訂正するほか、原判決理由と同一であるからそれをここに引用する。

(一)  原判決十枚目(記録第三二〇丁)裏十行目の冒頭から同十一、十二行目の「結果によれば、」までを次のとおり改める。

二、第一審原告作成名義以外の部分の成立に争いない乙第一号証、成立に争いない同第二号証、新潟市長作成部分の成立に争いない丙第一号証、表面の「中途解約」「支払済」という記載ならびに裏面の佐々木という印影を除くほかその成立に争いない同第二号証、全部成立に争いがある同第三ないし第七号証、受附印の記載部分だけが成立に争いない同第九号証の一に、原審ならびに当審証人佐々木要子、同佐久間昇次郎(但し原審は第一、二回とも)、原審証人白井三男、同目黒剛の各証言および原審ならびに当審における第一審原告本人尋問の結果を総合すれば次の事実を認めることができる。即ち

(二)  原判決十六枚目(記録第三二六丁)表八行目の「証拠はない。」の次に

なお、第一審原告は、「三井銀行が波戸美代子こと板橋美代に対し、第一審原告が同銀行に届出てある印鑑の形状等を教示し、同人の印鑑盗用の犯行を助長させた」と主張するけれども、同銀行係員が右訴外人に対し第一審原告の同銀行に対する届出印鑑の印影を閲覧させた事実を認めるに足る証拠はなく、当審証人佐久間昇次郎の証言によれば、三井銀行新潟支店においては預金者の持参した印鑑がかねて届出の印鑑と相違する場合には届出印鑑の形状が丸形あるいは角形であるという程度の説明をする事例はあるが、銀行に届出の印鑑を来行者に閲覧させるような取扱をした事実がないことが認められ、右のような場合届出印鑑の形状を説明したことがあつたとしても、これを捉えて三井銀行の過失とすることはできないからこの点に関する第一審原告の主張も理由がない。

を加える。

(三)  原判決十六枚目(記録三二六丁)裏五行目末尾に

尤も定期預金の期限前の払戻については定期預金契約の解約を前提とするものと考えられはするが、それだからといつてこの場合債権の準占有者に対する弁済の効力を否定すべきではなく、満期払戻の場合に比し弁済者の注意義務が加重されるにすぎないものと解するを相当とし、三井銀行が前記認定の措置をとつた上なした本件定期預金の払戻をもつて債権の準占有者に対する弁済と認めるを妨げないものというべきである。

を加える。

(四)  原判決十六枚目(記録第三二六丁)裏六行目から十九枚目(同第三二九丁)表二行目の「いわざるを得ない。」までを次のとおり改める。

四、次に第四銀行の抗弁について考えてみるに、

(1)  板橋美代に対する貸出が第一審原告に対する貸出たる効力を有するとの主張および右貸付金六十万円による相殺の抗弁について

第四銀行が昭和三十三年九月二十九日訴外板橋美代に対し第一審原告の同銀行に対する定期預金を担保として、第一審原告に対する貸金名義の下に金六十万円を交付したこと、右訴外人は第一審原告の妻で、かつ第一審原告の代理人であると自称し、第四銀行においてもそれを信じて右金員を貸付けたものであることは前認定のとおりであるが、右訴外人には第一審原告を代理する権限のなかつたことも亦前認定のとおりであるから右貸借ならび担保権設定は第一審原告に対しその効力を及ぼさないものといわねばならない。第四銀行は、同銀行において右訴外人を第一審原告の代理人と信ずるについて正当な理由があり、かつ一般銀行取引とくに預金を対象とする場合には印鑑証明による印鑑および預金証書の所持人は預金者本人またはこれを代理する権限を有するものとして取扱われている慣習があると主張するけれども、前認定にかかるような事情の下にあつては、第四銀行において訴外板橋美代を第一審原告の代理人と信するについて正当な事由があつたものと認めることはできないし、また本件の場合のように、第三者が、偽造印鑑についての印鑑証明書を持参し銀行に届出の印鑑と異る印鑑により定期預金の期限前払戻を求めた場合の取引に関し、同銀行の主張するような慣習の存することはこれを認めるに足りる証拠はないから、たとえ同銀行において右板橋美代を第一審原告の正当な代理人と信じたとしても、同訴外人の行為の効力が第一審原告に及ぶものということはできない。

また、第四銀行は、「自行預金を担保とする貸出は、預金の払戻と同一視さるべきものであるから、銀行に届出の印鑑と異る偽造の印鑑につき印鑑証明を受け、これによる改印をした上、預金担保による貸出をした場合にはそれを信じて預金払戻をした場合と同じく債権の準占有者に対する弁済に準じ右貸出は有効である。」と主張する。いわゆる自行預金担保による貸出が、経済的には預金払戻と同様な効果を企図して案出された方法であるとしても、右第四銀行主張の貸出につき弁済についてのみ定められた民法第四百七十八条に依拠し第一審原告に対する関係において効力を認めるべきであるとする見解を採用し難いばかりでなく、定期預金の期限前払戻については満期後払戻の場合に比し債務者である銀行の注意義務が加重されるものと解すべきこと前示のとおりであるところ、第四銀行は前認定のとおり板橋美代が第一審原告名義の定期預金証書、銀行に届出の印鑑と異る偽造印鑑及び右偽造印鑑についての印鑑証明書の持参者であるということだけで直ちに同人を右定期預金の期限前払戻につき権限あるものとし、板橋美代の言葉の真偽調査に意を用いず、第一審原告の意思を確かめる何らの方途をも講ずることなく右板橋美代の払戻の請求に対しこれに応ずるに代え同人との間に第四銀行主張の貸付契約を締結したというのであるから、右各書類印鑑等の所持人に対する定期預金の満期後払戻が仮に債権の準占有者に対する弁済として有効であるとしても、期限前の定期預金債権を担保とする前記貸付契約につき板橋美代を権限あるものと信ずるについて同銀行に過失がないものとはいい難いと認めるのを相当とする。従つて、右貸付契約は債権の準占有者に対する弁済に準じ第一審原告に対する貸付契約として有効である旨の第四銀行の主張は同銀行の無過失を前提とするものとして採用し難く、右主張を前提とする相殺の抗弁は、他の判断をするまでもなく排斥を免れない。

(2)  第一審原告が板橋美代の行為を追認したとの主張について

第一審原告が本件訴訟提起後訴外渡辺夘三郎から金十万円を受領したことは当事者間に争いがなく、成立に争いない丙第十一号証の一、二ならびに当審証人渡辺夘三郎、同佐々木要子の各証言および当審における第一審原告本人尋問の結果によれば右金員は板橋美代が三井銀行および第四銀行から受領した金員のうち、小林賢造に貸付けた金九十七万円の一部弁済名義で支払われているが、右は渡辺夘三郎が第一審原告の窮境に同情して融通したものであることが認められる。しかし右事実によつては未だ第一審原告が板橋美代の第四銀行に対する行為を追認したものであると認めることはできないばかりでなく、他に右追認の事実を認めるに足りる証拠はない。かえつて原審ならびに当審における証人佐々木要子および第一審原告本人の各供述に徴すれば、第一審原告が板橋美代の行為を追認したような事実は存在しないことが認められるから右主張もまた理由がない。

(3)  過失相殺の主張について

第四銀行は債権者たる第一審原告に過失があるから過失相殺をすると主張するけれどもその趣旨必ずしも明らかではない。もし右主張が債務者たる第四銀行がその預金払戻義務の不履行もしくは右不履行による損害の発生について第一審原告に過失があるものと主張するものとすれば、第一審原告は本訴において第四銀行に対し定期預金債権の期限が到来したことを理由に元利金ならびに履行期以後の遅延損害金の支払を求めているのであり、第四銀行は未だ右預金払戻債務を履行していないのであるから、第一審原告の定期預金証書および印顆の保管方法が相当でなかつた旨の第四銀行の主張事実をもつて同銀行の債務不履行に関する第一審原告の過失と認める余地はなく、いわれなき主張というの外はない。右主張の趣旨或は第四銀行が板橋美代に対する本件定期預金担保による貸出により蒙つた損害は第一審原告の右証書等の保管方法についての過失によるものとして第一審原告に対する損害賠償債権のうち金二十万円をもつて本訴において対当額による相殺を主張せんとするにつきその表現を誤つたものと解せられないでもない。しかし、原審ならびに当審における証人佐々木要子の証言によれば、第一審原告は当時病気療養のため入院中であつたが、その妻佐々木要子は第一審原告のために本件定期預金証書を施錠こそしないが自宅の箪笥抽斗内の衣類の下敷にし、銀行届出の印顆とは別にして保管していたことが認められ、当時同居していた板橋美代が他人の金員を費い込みをした前歴があることを第一審原告及びその妻において当時知つていた事実を認めるに足る証拠はないからその保管方法が不相当であつたと認めることはできない。他に第四銀行の前記損害につき第一審原告に帰責事由を認めるに足る証拠はないからいずれにしても第四銀行のこの点の主張は採用の限りでない。

(4)  一部弁済の主張および不当利得返還請求権との相殺の抗弁について

第一審原告が、本件定期預金払戻に関し三井銀行および第四銀行と紛議を生じた後訴外渡辺夘三郎から金十万円を受領していることは当事者間に争いがない。第四銀行は右金員は本件定期預金の一部弁済であると主張するけれども、成立に争いない丙第十一号証の一、二、当審証人渡辺夘三郎、同佐々木要子の各証言および当審における第一審原告本人の供述によると、訴外板橋美代は本件三井銀行から払戻を受けた定期預金五十万円と、第四銀行から第一審原告名義で借受けた金六十万円の内金九十七万円を訴外小林賢造に貸与したこと、昭和三十三年十二月頃に至つてそのことを知つた第一審原告の妻佐々木要子は、当時第一審原告が長く病気療養中で収入の途もなく、折角定期預金をしておいた前記各銀行からその払戻を拒絶され、生活費や訴訟の費用にも困窮していたので、板橋美代が小林賢造に貸した金員のうちから幾分でも自分の方へ返してもらえれば助かるという考えから小林の行方を尋ねて渡辺夘三郎方へ赴いたところ、渡辺は第一審原告の立場に同情してその頃三回に合計金十万円を小林賢造の板橋美代に対する債務の一部弁済名義で融通してくれたことが認められる。当審における証人佐々木要子の証言および第一審原告の供述中右認定に反する部分は当裁判所の措信しないところであつて他に右認定を覆えすに足る証拠はない。しかしながら、右支払を以て第四銀行の債務の一部弁済であるという同銀行の主張の理由がないことは疑を容れる余地がない。(なお、右金員受領が、第一審原告の板橋美代の第四銀行に対する行為を追認したことにならないのはさきに(3) において判示したとおりであるから右金員受領は第四銀行の本件定期預金支払義務に影響のないことは明白である。)

また、第四銀行は、第一審原告が右金十万円を受領したのは同銀行の損失において不当に利得したことになると主張するけれども、右金員は渡辺夘三郎が第一審原告等の窮状に同情して融通したものであること前認定のとおりであるから第一審原告が右金員を受領したことによる利得と、第四銀行が板橋美代に本件定期預金を担保に貸出をしたことにより同銀行が蒙つた損失との間には因果関係を認めるに由なく第一審原告に同銀行主張のような不当利得返還請求権の発生すべきいわれはないから、右請求権の存在を前提とする相殺の抗弁もまた理由がない。

(五)  そうだとすると、右と同趣旨に出で、第一審原告の第四銀行に対する本訴請求を認容し、三井銀行に対する本訴請求を棄却した原判決は相当であるから民事訴訟法第三百八十四条によつて本件各控訴を棄却し、訴訟費用の負担につき同法第九十五条、第八十九条を適用し主文のとおり判決する。

(裁判官 大場茂行 下関忠義 秦不二雄)

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